小学校4年生の春を迎えて
この春10歳、小学校4年生になったダウン症の娘。特別支援学級から普通学級に転籍して3年目を迎えます。クラス替えもなく、昨年と同じ担任の先生となり、落ち着いて過ごしています。
学校生活はハードに
6時間授業が週4回に増え、委員会やクラブ活動が始まるなど、学校生活はハードになっています。
「明日の時間割は国語、算数、総合・・・・!」
「準備するものは長靴。」
「給食は煮物と味噌汁と・・・。」(よく見る漢字は読めるように!)
「今日は木曜日でデイだから、バスに乗らないって先生に伝えなきゃ。」
こんな日常を過ごせるほど体力・気力がついた成長ぶりを、改めて実感しています。
「何のためにいっしょに過ごす?」と揺らいだ時期でした
知り、聴いて、話して、行動した数年間
札幌の市民団体「どんなに障害が重くても地域の学校へ」の会で、「ともに学ぶ」生き方があることを知りました。
娘の成長の側に、友達や地域の人の存在があってほしい。娘自体も、人に何かを与えられる存在となってほしい。その思いで、普通学級に転籍をしました。
また、お話し会や勉強会を開催し、娘を連れて、環境問題やごみ拾いなど地域活動を進めてきました。
ここ数年で奔走してきて、改めて地域での生活に目を向けたときに、感じることがありました。
伸びているところ、ひっかかっているところが目に見え始めた
「授業が速く難しくなり、娘が理解できる内容に、偏りが出てきたな。(漢字の写しは得意で、計算や時間の理解はちょっと・・・等)」
「支援学級のK君は根気よく字を練習して、とてもキレイに書けるようになったな」
「支援学校のHちゃんは気持ちの切替えが上手になって、発表会でもしっかりしていたな」
「子どもひろば(児童館)などの場所では、娘は先生と一緒にいることが多く、子ども同士あまり関わっていないな。」
「歌やダンスの習い事で、得意なことを一つでも伸ばしていこうか。でも通える場所が思い当たらない」
他の子の成長を見て、焦ってしまうことも、親の自分の中にありました。
娘の良いところ、成長しているところはたくさんあるのに、自由に伸びていける反面、先が見通せないことに不安に感じ、このまま普通学級で学び続けるのがいいのか揺らいでいます。
進路がハッキリと分かれてくる中学校
あと数年で中学校。この先も普通学級、分けない環境を目指す場合、地域でそのような子が他にいない中で、学校との交渉や、福祉サービスを利用できない送迎や居場所の確保を自分達が担っていけるのか。先輩達のように協議や働きかけができるだろうか。
個に目を向けて力を伸ばす特別支援教育を選ばずに、「いっしょに過ごす」意味は何だろう。どちらの道でも、娘は明るく楽しめるとすれば、どう選ぶ?・・・ などと考え、軸を決めることができなくなっていました。
迷うのは当たり前
普通学級で学ぶ子は、限りなく少数派
私達の住む地域で、障がいのある子が普通学級に通うケースは周りに見つかりません。
地域で、障がい児保護者のお話会に参加すると、特別支援学級や支援学校で、卒業後の学校見学や就労先、施設の見学を先取りしている方や、施設に空きがなく、見つかれば学校を辞めて入所する方もいるなど、先々のことを考え今から準備している様子を見聞きします。
たまに見かける他の家庭と比べて焦ったり、相談や情報収集の機会が限られて、孤独に感じたりしていました。
どんな地域で、どんな生活をしたいのか
どんな社会になって、どんな生活をすることを望んでいるのか。それは障がいのあるなしによらず根本的な問いであり、迷うことは当たり前なのだと思います。
揺らいだときこそ人と関わりたいと思います。こちらの例会や地域のお話し会に出向き、迷っていることも人に伝え、色んな方の考え方に触れて、自分達の生活を問い直していきます。
娘自身が切り開く人生を応援して、親である自分も一人の人間としての生き方を探っていきたいと思います。

埼玉の集会で泊まったホテルの絵。浴槽の天井からシャワーを浴びたことが、強く印象に残っているようです。


